Home 日本酒ニュース 日本酒の「マッサン」修行中

米国出身のベルさん

 岩手県二戸市の日本酒の蔵元「南部美人」で、米国人の青年が日本酒造りの技術を学んでいる。故郷で酒米を育て、南部杜氏(とうじ)の技で地酒を仕込み、米国人に飲ませたい。その夢に向けて、見習いに励む。

 青年は米南部アーカンソー州生まれのベン・ベルさん(33)。米国にいた10年ほど前、友人と出かけた飲食店で初めて日本酒を飲んだ。カリフォルニアの工場で作られたもの。「こんなもんか」と思った。

 米国の酒屋で働いていた6年前、長野の純米酒を口にした。フルーティーな香り、透き通った味、広がるうまみ。高級ワインに思えた。それからは、日本の地酒を好んで味わった。

 ただ、そうした日本の地酒は高価だった。輸送費や関税で、値段は日本の3倍にも。自分で造れないか試したが、ひどい味になった。アーカンソー州はミシシッピ川沿いの米どころ。「ここで酒米を育て、日本の技で酒を造れば手頃な値段で出せる」。日本で技術を学ぼうと決意した。

 ただ、来日して、学べる蔵元を探したが見つからなかった。そんな時、結びつけてくれたのが、自分の通った高校のあるホットスプリングス市と、花巻市が姉妹都市だった縁。花巻国際交流協会が仲立ちし、南部美人で10月から来年3月まで研修することになった。

 今、朝8時から午後5時まで蔵人5人と働く。日本語は大体聞き取れるようになった。だが酒造りには専門用語が多い。メモ用のスマートフォンと手帳をいつもエプロンに入れている。

 蔵の2階のこうじ室が気に入っている。外は寒くても、室内は30度以上。「暑い故郷のようでホッとする」。つらいのが製造中の酒を混ぜる作業。長さ2・5メートル、重さ2キロの木の棒でかき回す。一日が終わると、腕が痛い。

 市内のアパートで一人暮らし。帰宅すると、その日分からなかった日本語の意味を確かめ、インターネットの日本語講座で問題を解く。休みの日は、蔵人と居酒屋へ行くことも。トンカツが好きになった。

 南部美人は現在、24カ国に酒を輸出し、最大の相手先が米国だ。久慈浩介社長(42)は、日本酒の蔵元が輸出量を増やすには、現地のコメと水で、価格を抑えた質の高い日本酒を造ることがカギだとみている。

 久慈社長によると、米国で売られている日本酒は、日本から輸出した高価な地酒か、現地で大量生産した安いものに二極化している。その間の価格帯の地酒を現地で造れば、本物の味になじみ、いずれ輸出した酒を味わってくれるという考えを持っていた。

 だが、その担い手がいなかった。

 久慈社長が外国人に技術を指導するのは5年ぶり2人目。蔵の立ち上げを目指す人は、ベルさんが初めて。「熱意は本物で、勉強熱心。彼のような人を待っていた。技術だけでなく、風土に根ざした酒造りの心も学んで帰ってほしい」

 南部杜氏協会(花巻市)によると、ベルさんが米国で酒造りを始めた場合、南部杜氏の技を学んだ外国人が現地生産する初の例ではないかという。ベルさんは言う。「いつか、岩手で学んだ技術で、日本酒と言えばアーカンソーと言われるようにしたい」

出展:朝日新聞DGITAL
星野祐介


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